京都対象関係論セミナー

The Kyoto Seminar: Object Relations Theory

 精神分析の創始者ジークムント・フロイトは、人間の心が抱え込む数々の問題に、幼少期の痕跡を残した無意識の領域の影響があることを見出しました。このことは、人の心の、とりわけ現実にそぐわない多くの部分が、無意識に突き動かされるものであり、その起源は幼少期にまで辿ることができる、という理解をもたらしています。
 フロイト以降の精神分析はこの幼少期の心への探究を深めていきました。一方でフロイトの娘アナ・フロイトによる児童の教育的治療が、他方ではフロイトの方法をより徹底させたメラニー・クラインによる児童分析が始まり、やがてこの2人の「娘」はその理論的、実践的差異を巡って大きな論争を始めます。
 両者の違いは、内的世界の発達についての見方、現実の対象が子どもの心にもたらす意味の理解、自由連想、転移および解釈という精神分析の方法の子どもへの適応可能性、といった、根本的で、決定的なものとなりました。対立はやがて、英国精神分析協会の教育を巡る分裂の危機を招くことになりました。
 その傍ら、多くの精神分析家は両者のいずれにもつかずに、その成果を取り入れながら実践を豊かなものにしていきました。英国精神分析協会は、アナ・フロイト、メラニー・クライン、そしてその中間にいる人々、という並び立つ3つの学派を包摂して、独自の発展を遂げ、その後の精神分析を牽引していくことになります。大論争は、葛藤を経て、大きな推進力となりました。
 対立する両者を取り持ち、分裂を防ぐ役割を果たしたのが「中間派」でした(後に「独立派」となりました)。アナ・フロイト、メラニー・クラインが独自の理論と臨床を展開させたことと比較すると、中間派とは何かを言うことはとても困難です。そこには対立する両者のいずれでもない、という自己規定しかないからです。むしろ自らの在りようを他者に委ねながら、その誰でもないという孤立の中にこそ、中間派は存在している、と言えるのかもしれません。
 けれども、そこに中間派の豊かさがあります。中間派であることとは外的に明示される、確立された学派に所属することではなく、どこでもないどこかで、誰でもない「私」になるという体験なのです。

 「京都対象関係論セミナー」はこの中間派を中心に、対象関係論と呼ばれる精神分析の理論と臨床を学ぶセミナーです。中間派の豊かさに触れてみませんか。
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